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TVの方は見れないので今更ながら読みました「憂鬱と官能を教えた学校」

今現在もフジテレビNEXTとかの有料放送で(多分?)放送中の「憂鬱と官能を教えた学校 TV」 、ネットにアップされてしまってる分だけを見て感銘を受けたので、元ネタの書籍を読んでみました。

 


 

憂鬱と官能を教えた学校 上巻
憂鬱と官能を教えた学校 下巻

 

「バークリー・メソッドによって俯瞰される20世紀商業音楽史 調律、調性および旋律・和声」なんていう七面倒臭ぇ感じの副題が付いてる上に、映画美学校(!?)での講義を下敷きにした語り文体とか、濃厚に漂うスノッブ臭とか、

ちょいとばかり近寄りがたくて避けて通っていたんですが、、、

面白かったです。

 

テレビを先に見といて良かったかもです。

というのも、なんというか、、あれなんですよね。。

とくに菊地成孔という人のルックスが、年上の方を指してこんなことを言うのも何だと思いますが、小生意気というか、とんがった自分大好きっていうか、大竹まことの「俺の背中に火をつけろ」っていうか・・・

 

でも実際の講義でしゃべりまくったり、受講生にキーボードを弾かせてる姿は普通に格好いいオッサンですよね(褒めてます!)、個性的な語り口ではあるけど嫌味なところは感じ無くってですね^^;

シレ~っとわが道を行く大谷さんとの凸凹コンビも妙に嵌まっていておもしろい。

 

っというわけで、ネガティブな印象も晴れて素直な気持ちで楽しんで読めました。

 

歴史と実学がゴチャゴチャになってる様をながめる面白さ?

 

本のタイトルの意味合いがピンと来なかったんですが、テレビ版の一回目の講義の冒頭で触れられていて納得しました。

「憂鬱と官能を教えた学校」の憂鬱と官能ってのは「ブルース」の事、

つまりブルースを教えた最初の(最初期の?)学校であるバークリー音楽院ってところがありましたよっていう(今でもありますけど)歴史の本。だ、そうです。

バークリー以前  -->  バークリー   -->  脱バークリー

っていう切り口で音楽史を捉えてみようっていう試みに加えて、バークリー・メソッドの実学を同時に教えちゃおうって内容の本です。

そもそも、実学と歴史を同時に扱おうっていうのに無理があるんでいろいろ破たんしてたり、中途半端だったりするんですけど、そんな破たんっぷりも含めて面白い仕上がりになってるように思います。

追記
音楽の歴史を語る際、文化的/環境的な側面ってもちろんあると思いますが、音楽そのものに焦点を当てて音楽史を語るには、音楽そのものの実学の理解は不可欠ですよね。短三度と長三度という発明が音楽をどのように変えたのかとか、西欧的音楽の観点から眺めた時ブルースって音楽がいかに不可解かとかっていう、とんでもなく面白いお話も、音楽理論の知識がなきゃチンプンカンプン。わたしも意味が分かんない部分がいっぱいあってちょっと悔しかったです。。。

いやだから、つまり。実学が分かってない人に音楽史を語るために、実学も教えざるを得ない。っていう事なんですけど、それっていろいろ無理があるですね、っていう様が面白さでもあると思った次第です。

 

いわゆるバークリー・メソッドと呼ばれる教授法や機能和声だとかっていうものがどれだけバークリーのオリジンなのかとか、いったいどの程度エポック・メイキングなアレなのか、全然知りませんけども・・・まあそれはともかく。

音楽史の流れをザックリ下記のような流れとしてとらえて話が展開していきます。

  1. グレゴリオ聖歌 (古典)
  2. バッハ (十二等分平均律、対位法)
  3. バークリー (機能和声)
  4. 脱バークリー (脱機能和声 / モード)

 

ここでリンクしてる曲が的を射てるかどうかは保証の限りじゃないです^^;

ヨーロッパのクラシック音楽の流れとポピュラー・ミュージックを途中で無理やり繋げちゃってたりする辺りが面白さのミソって気がします。学術的な正史とはいえなくても、音楽を捉える一つの視座としては有効なんじゃないかと感じました。

 

バークリーの前身であるシリンジャー音楽院が創設されたのって結構最近なんですよね。ポツダム宣言の受諾によって日本の敗戦が確定し第二次世界大戦が終結した1945年の創立だそうで、結構最近ですよね、たった65年前ですよ。

C△7とか、Emとか、コード・シンボルで音楽を記号化するっていうやり方が現代風にまとめられ、一般化してから高々5,60年しか経ってないってのは驚きです。

 

 

感性は変わるもの

わたしの両親は昭和1桁と10年代生まれです。

特に母親は音楽好きで、突然大正琴を買ってきてみたり、クラシック・ギターを買ってきてみたり、60歳目前になってからウン十万する電子ピアノを買ってきてはシニア向けの音楽教室に通ってみたりする人です。

でもね、ビートルズが出てきたときには「何てうるさい音楽なんだ!!」と思ったし、今だに何を聴いても同じ曲に聞こえるんだそうですよ。(そもそも興味が無いからでしょうけど)

そもそもビートルズなんてわたしが生まれる数ヶ月前に解散してるようなオールドスタイルな音楽で、なんていったらエライ勢いで怒られるでしょうが・・・

わたしにとっては、サージェント・ペッパーズのどの辺がそれほどまでに衝撃だったのか、実はさっぱり分からなかったりします。。。(普通にポップなアルバムじゃん?って思う)

それが1970年生まれの私の感性で、ビートルズはポップでメロディアスで、時にヘンテコなことをするけど(Revolution No.9とか)とっても耳障りのいい音楽なんですよね。

 

サンプル数が少なすぎるとかを遥かに超えて個人的な話でしかありませんけど、

バークリー・メソッドが確立して大きく花開いた50年代に思春期を迎えたであろう親と、
モーダルな音楽もあらかた振り切った60年代が過ぎ、ビートルズも解散して三島由紀夫が腹を切った万博の年に生まれ、

ファンクもパンクも過ぎ去ってディスコ音楽とハードロック花盛りの頃に思春期を迎えたアタクシ。

音楽を受容する感覚に大きな違いがあるのも当然です。

 

わたしにとってはコーダルもモーダルも、コーダル/モーダルも既に同じまな板になんら違いも無く並べられていたし、ノイズまみれのパンクもニューウェーブもHRも、(まったく理解不能だけど)フリージャズだって、

それもこれも全部、あんまり区別することなく受容してくる中で育まれてきたはずなんです、わたしと同世代の感性っていうか感覚は。

 

多分、中世のヨーロッパに12等分平均率のメジャー・スケールを持ち込んでも、「音がゴチャゴチャしてるし、なんてうるさい音楽なんだ」と言われるんじゃないかと思うし、

大バッハの時代にブルースの影響にさらされたビックバンドのジャズを持ち込んでも、うるさがられるだけでしょう。

50年代を生きてきたわたしの親にとっては、ビートルズはうるさいだけだったりするんです。

 

ある人にとってはスリリングなテンション感と受け取られる音が、別の人には単に不協和な雑音だったりするなんて、極々一般的に起りうる事なんですよね。

 

いや実は、和声や音楽理論の本を読んだりする度に感じてた違和感があるんですよ。

「ドミナント・セブンスの緊張感からトニックに向かいたくなるでしょ?」とか、「ほらこれがトライトーン、ドミナント・セブンスの緊張感の源はこれで、だからトニックへ解決しようとするんだよ」とかさ、

正直申しまして、あんまり納得できなかったんですよね。

まあなんとなく・・・・かなぁ?程度は納得できても、「なるほど!!!」って膝を叩きたくなるほどじゃない。

コレとアレはアボイドノートだなんだとか、ケーデンスとか、協和するの不協和だの、

そんな決め事が不変の真理であるかのように語られる事に違和感とか、すわりの悪さを感じてたんです。自分の耳が悪い、音感の方がおかしいんだろうか?なんて思ったりして。

でも、そんな事知ったこっちゃない!ってここでカミングアウト出来ちゃうようになったってのが、この本を読んだ意義(大失敗?)だったのかも。。。。かな?

 

(機能和声が今でも(かなり)有効な枠組みであることは間違いないとは思ってます。一応、念のため)

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